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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)2032号 判決

原告 第一技研株式会社訴訟承継人・第一技研株式会社破産管財人 渡辺数樹

被告 竹本芳春 外一名

主文

被告らは各自原告に対し金七〇七万三〇六五円及びこれに対する昭和五三年三月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し金一四一四万六一三〇円及びこれに対する昭和五三年三月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件の旧原告第一技研株式会社は、昭和五四年一一月九日午前一〇時東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告が同会社(以下「破産会社」という。)の破産管財人に選任された。

2  破産会社は家庭電器製品の製造及び販売を業とする会社であり、一方、被告両名及び訴外河東武志(以下「訴外河東」という。)は日用雑貨の販売を業とする訴外新興交易株式会社(以下「新興交易」という。)の代表取締役であつた。

3  破産会社は昭和五二年六月初旬ごろ、従来取引関係のなかつた新興交易から破産会社の製造販売する家庭用小型揚水装置「アツピー」及び洗濯機用洗剤計量装置「トツカー」の取引申込を受け、新興交易に対し右商品を次のとおり売り渡した。

(一) 同年六月九日「トツカー」七〇〇〇個(代金二五七万六〇〇〇円)

(二) 同年六月二〇日「アツピー」AII型一〇〇五個(代金二七三万九六三〇円)

(三) 同年七月八日「アッピー」AII型二九四五個(代金八五四万〇五〇〇円)

(四) 同年八月三日「アツピー」AII型一〇〇個(代金二九万円)

4  破産会社は新興交易から

(一) 昭和五二年六月一七日に前記3(一)の売掛代金二五七万六〇〇〇円の支払のため別紙約束手形目録記載の番号1から4までの約束手形

(二) 同年六月二二日に前記3(二)の売掛代金の内金二五〇万円の支払のため同目録記載の番号5から9までの約束手形

(三) 同年七月一四日に前記3(二)の売掛代金の内金二三万円の支払のため同目録記載の番号10の約束手形

(四) 同年七月中旬ごろ前記3(三)の売掛代金の内金四六〇万五〇〇〇円の支払のため同目録記載の番号11から14までの約束手形

(五) 同年八月一〇日に前記3(二)の売掛代金の残金九六三〇円及び前記3(三)の売掛代金の残金三九三万五五〇〇円の支払のため同目録記載の番号15から20までの約束手形

の振出交付を受けた。なお、前記3(四)の売掛代金二九万円については、同年九月一〇日に新興交易振出の約束手形を支払のため交付する約束であつたが、後記5のとおり新興交易が倒産したため、右約束は履行されずに終つた。

5  新興交易は、破産会社から仕入れた「アツピー」を大阪方面でいわゆるバツク売りし、同年八月二四日及び同月二六日に不渡手形を出して倒産した。そして、商品販売を一手に扱つていた新興交易上野営業所の所長藤本靖彦をはじめ新興交易の代表者である訴外河東及び被告竹本は、右倒産と同時に行方知れずとなつて全く連絡がとれなくなり、新興交易の倉庫には在庫品は皆無の状態であつた。

そのため、破産会社は、新興交易に対する前記3の(一)ないし(四)の売掛代金合計一四一四万六一三〇円の債権の回収が不可能になり、右同額の損害を被つた。

6  新興交易が破産会社とした前記3の各取引は、代表取締役である訴外河東及び被告らの指示に基づいて行われたものであるが、右取引は取込み詐欺と称しても過言でない。すなわち、訴外河東及び被告らは、新興交易振出の約束手形がすべて決済不能であることを十分承知しながら手形を振り出したばかりでなく、そもそも破産会社と売買契約を締結する際に代金を支払う意思など有していなかつたものである。

仮に被告らにおいて破産会社との取引に直接関与しなかつたとすれば、被告らには、右取引により破産会社に損害を加えることを知らずにこれを放置したことにつき重大な過失がある。

したがつて、被告らは商法二六六条の三第一項前段に基づき連帯して破産会社に対し損害を賠償すべき責任がある。

7  よつて原告は本訴において被告両名に対し、各自金一四一四万六一三〇円及びこれに対する本訴状が被告竹本に送達された日の翌日である昭和五三年三月二五日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告竹本

(一) 請求原因2の事実中、被告竹本が新興交易の代表取締役であつたことは否認し、その余は認める。

(二) 同3及び4の事実はいずれも不知。

(三) 同5の事実中、新興交易に上野営業所があつたこと並びに被告竹本が行方知れずとなつて全く連絡がとれなくなつたことを否認し、その余は不知。

(四) 同6の事実中、被告竹本に関する部分は否認し、その余は不知。被告竹本に商法二六六条の三所定の責任があるとの主張は争う。

2  被告高橋

(一) 請求原因2の事実は認める。

(二) 同3ないし5の各事実はいずれも不知。

(三) 同6の事実中、被告高橋に関する部分は否認し、その余は不知。被告高橋に商法二六六条の三所定の責任があるとの主張は争う。

三  抗弁(被告高橋)

被告高橋は昭和五一年五月三〇日新興交易の代表取締役を辞任したので、その後に行われた新興交易と破産会社との間の取引について被告高橋が責任を負うべきいわれはない。 四 抗弁に対する認否

被告高橋の抗弁事実は否認する。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  記録に編綴されている原告の資格証明書によれば、請求原因1の事実を認めることができる。

二  破産会社が家庭電器製品の製造及び販売を業とする会社であり、訴外河東及び被告高橋が日用品雑貨の販売を業とする新興交易の代表取締役であつた事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証及び同第七号証並びに被告竹本本人尋問の結果によれば、被告竹本は、昭和五一年六月二一日新興交易が設立された際に訴外河東及び被告高橋とともに新興交易の代表取締役に就任し、後記認定の取引がなされた昭和五二年六月から八月当時も右の地位にあつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

被告高橋は、昭和五一年五月三〇日新興交易の代表取締役を辞任した旨主張するところ、被告竹本本人尋問の結果によれば、被告高橋は新興交易の設立後間もなく被告竹本に対し「田舎に行つて来る。」と断わつて郷里の松山市に帰省したままその後帰京せず現在に至つている事実が認められるけれども、この事実から直ちに被告高橋が新興交易の取締役を辞任する旨の意思表示をしたものと認定することは困難であり、他に右辞任の意思表示がなされた事実を肯認し得る証拠はないので、被告高橋の前記主張は採用することができない。そうすると、被告高橋も後記認定の取引がなされた当時、新興交易の代表取締役の地位にあつたものと言わざるを得ない。

三  証人真野晴夫の証言、同証言によつて真正に成立したと認める甲第二号証の一ないし四、同第三、第四号証の各一ないし五及び同第五号証の一ないし六並びに弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認める甲第六号証によれば、請求原因3及び4の各事実並びに新興交易は別紙約束手形目録記載の各約束手形の支払期日が到来する前の昭和五二年八月二四日か二五日ごろ不渡手形を出して倒産したため、破産会社が新興交易から振出交付を受けた合計二〇通の約束手形は一通たりとも決済されず、他に新興交易には何らの資産もなかつたため、破産会社は新興交易に対する前認定の売掛代金合計一四一四万六一三〇円の債権を回収することが不可能になり、右同額の損害を被つた事実が認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

四  成立に争いのない甲第八、第九号証に証人真野春夫の証言を総合すると、破産会社に対し請求原因3(一)ないし(三)の取引を発注したのは新興交易上野営業所長藤本靖彦又は同営業所営業部員結城奉昭であるが、その代金の支払のために授受された別紙約束手形目録記載の各約束手形は、すべて訴外河東が東京都中央区銀座所在の新興交易本社において作成の上、これを破産会社の営業担当者に交付しており、更に請求原因3(四)の取引を発注したのは訴外河東本人であつたことが認められるので、結局、請求原因3の各取引はすべて訴外河東の意思に基づいて行われたものということができる。しかるところ、前掲真野証言によると、新興交易は、破産会社と取引を開始する際に、代金の支払方法は商品納入と同時に代金額の三分の一を現金で、その余を約束手形で支払う旨を約したにもかかわらず、商品の納入を受けるや一部現金支払の約束を履行せず、その分も含めて支払のため約束手形を振出したこと、破産会社が新興交易に売り渡した「アツピー」が新興交易の倒産直前ごろ売渡価格の半値以下で新興交易から大阪方面の小売業者に売られていることが判明したので、破産会社営業部次長であつた真野春夫が前記藤本靖彦に対し事情を糺したところ、藤本は右の事実を否定し、一部の商品が盗難に遭つたのでそれが大阪方面に流れたのであろうと弁解したが、所轄警察署にはそのような盗難被害届は提出されていないこと、新興交易が倒産した直後訴外河東は行方をくらまし、新興交易の倉庫には在庫品は皆無の状態であつたこと、成立に争いのない甲第一〇号証の一ないし一二によれば、昭和五二年六月から八月にかけて新興交易の毎日の当座預金残高は、ほとんどの場合が赤字の貸越勘定となつていたこと、以上の事実を認めることができ、これらの事実に徴すれば、訴外河東は、売買代金を支払う意思がなかつたか、又は少なくとも売買代金を支払い得る見込みがなかつたのにかかわらず、新興交易を代表して破産会社から請求原因3(一)ないし(四)の商品を買受ける契約をし、その代金を支払うことができなかつたため破産会社に売買代金相当額の損害を与えたものと認定するのが相当であり、同人の右所為は取込詐欺に該当するものと称して差しつかえない。

五  ところで、原告は、被告両名は訴外河東と共同して右取込詐欺を行つたものである旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

もつとも、前掲甲第七号証及び前掲真野証言によれば、破産会社の営業部次長であつた真野春夫が昭和五二年六月か七月ごろ新興交易本社を訪れ、訴外河東から売買代金支払のための約束手形の振出交付を受けた際に、被告竹本もその場に同席して真野と名刺の交換をしたこと、前掲甲第二号証の一ないし四、同第三、第四号証の各一ないし五、同第五号証の一ないし六によれば、新興交易から破産会社あて振出交付された約束手形には、いずれも振出人である新興交易の代表取締役として被告高橋の記名ゴム印が押捺されていたことが認められるけれども、他方において前掲甲第一号証と被告竹本本人尋問の結果によれば、被告両名と訴外河東は、昭和五一年初めごろ、台湾・フイリピン方面から海老その他の海産物を輸入して販売する貿易会社の設立を企画し、生鮮食料品の販売並びに輸出入のほか鋼材、建築資材及び日用雑貨の輸出入等も営業目的に加えて昭和五一年六月二一日新興交易を設立し、各自が代表取締役に就任したが、各代表取締役の職務分担については相互間において何らの取極めもなかつたこと、会社発足後新興交易の営業の主力部門と目されていた海産物の輸入は軌道に乗らず、業績が振るわなかつたため、間もなく被告高橋は新興交易の経営に嫌気がさし、さきに認定したように郷里の松山市に帰省したまま帰京せず、また、被告竹本も経営に熱意を示さず、一か月に一、二回銀座の本社に顔を出す程度で具体的な業務の執行を担当しなかつたため、新興交易の経営は訴外河東がその実権を掌あくして一切を処理し、被告両名は、会社の業務執行を右訴外人の独断専行に任せ、右訴外人から会社の営業活動や経理の現状等について報告を受けたことすらなかつたことが認められるので、以上の諸点を勘案すれば、被告両名が訴外河東と共同して本件取込詐欺を敢行したものとは到底認めることができない。

六  しかしながら、株式会社の代表取締役は、善良なる管理者の注意をもつてその職務を執行すべきものであり、他の代表取締役の職務執行の全般についてこれを監視し、会社業務の執行が適正に行われるよう配慮すべき義務があるものと解すべきところ、前段認定の事実によれば、被告両名は代表取締役の地位にありながら訴外河東に新興交易の会社業務の一切を任せきりにし、業務執行状況等につき報告を求めることもせず会社の経営に無関心であつた結果、ひいては右訴外人の取込詐欺という違法行為を看過するに至つたのであるから、被告両名は代表取締役としての職務上の義務に違反したものであり、その任務懈怠の程度は重大であつて、商法二六六条の三第一項にいうその職務を行うにつき重大な過失があつた場合に該当するものと言わざるを得ない。なお、被告高橋は松山市に居住しており、訴外河東の本件取込詐欺行為を未然に発見して阻止することが事実上容易でなかつたことは推察するのに難くないが、単に遠隔地に居住しているという一事だけから同被告が代表取締役としての前叙の職責を尽くすことが不可能であつたものと断ずることはできない。したがつて、被告両名は訴外河東の取込詐欺により損害を被つた破産会社に対し、商法二六六条の三第一項前段の規定により連帯して損害賠償の責めに任じなければならないものというべきである。

七  ところで、新興交易との間の本件取引に関しては破産会社の側にも損害の発生を防止するにつき通常要求される注意を甚だしく欠いた過失があつたものと認めざるを得ない。すなわち、前掲真野証言及び弁論の全趣旨によつて明らかなように、新興交易とは従来取引関係がなく、その資産信用の程度は全く未知数であつたにもかかわらず、破産会社は、新興交易の資産信用状態及び経営状態について全く調査することなく短期間のうちに大量の商品を掛売りし、その代金の支払方法として信用未知数の新興交易振出の約束手形を受取つているのであり、他に右売掛代金債権につき破産会社が予め担保を供与させる等回収確保の措置を講じた形跡は見当たらない。しかも、取引開始当初の約束では、代金の支払方法は商品の納入時に代金額の三分の一を現金で支払うこととなつていたのに、新興交易は初回から右約束を履行せず、全額を約束手形で支払う挙に出たのであるから、破産会社としては新興交易の代金支払能力について慎重に考慮し、約束手形が決済されるまでは次回の取引を見合わせるなどして、極力売掛代金額の増大を防止すべきであつたのであり、このような措置を講じていたとすれば、取込詐欺による被害額は、比較的軽微な域にとどまつていたと推考されるのである。以上を考慮すると、被告らの賠償すべき損害額の算定に当たつては、破産会社の前記過失を斟酌して二分の一の過失相殺を行うのが相当と考えられる。

八  以上説示のとおりであつて、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し金七〇七万三〇六五円及びこれに対する連帯債務者の一人である被告竹本に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年三月二五日から完済まで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余を失当として棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、九三条一項但し書、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤浩武)

(別紙)約束手形目録〈省略〉

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